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国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー6

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー6

著者 パク・オクス顧問

 

このように心の欲求をコントロールする訓練を受けたことがない人の中には、麻薬に手を出して卒業できない人もいます。息子はそんな友達の姿を見ながら、私に感謝したのです。自分の欲求を全部聞かずに心の訓練をしてくれたので、自分が脱線せずに大学生活を送れたと。

 

欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか?  

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親は買ってあげたい気持ちを我慢
子どもは買ってという気持ちを我慢


 私は聖書で心の世界を習いました。私には娘と息子がいますが、子どもたちが幸せに生きるためには、欲求を抑える力をつけなければならないということを聖書から学びました。子どもの時は、アメやアイスクリームで満足します。

20歳になっても「パパ、あめちょうだい。アイスクリーム買って。」というなら、ばかにされます。年を重ねるにつれ、欲しいものも増え、その内容も変わります。「自転車買って。」「携帯買ってよ。」「パソコンが欲しい。」欲しい物の価格が急スピードで上昇していきます。

そんな子どもの望みを100%聞いてあげられる父親は、あまりいません。いくら金持ちだといっても、子どもたちの欲はどんどん大きくなり増えていくので、ある時、父の能力がその欲についていけない日が来ます。その時、お金がないという父親に対し、息子は不満を抱くようになります。


 私は子どもたちが何かを買ってほしいと言った時に、もし買う余裕があったとしても、わざと買ってあげないことがありました。実際父親は、子どもの手を引いて子どもが欲しがるものを買ってあげ、その喜ぶ姿を見て自分も喜ぶものです。

反対にお金がなくて子が欲しがるものを買ってあげられなかった時は、親もつらいのです。誰でも親ならばそうですから、子の望みは全部かなえてあげるのがいいと考える父親もいます。でもそうすると、後で子どもは問題児になってしまいます。自分の願いを聞いてくれない父を、無視するようになるからです。


 40歳を過ぎて外国語を習うのは難しいことです。外国語は小さい時に習うと良いと言います。アメリカに住む私の孫たちは英語が上手です。私が英語で話すと、孫はプッと吹き出します。発音がおかしいということです。長い間韓国語だけ話していた人が、英語をするので発音がうまくいきません。

子どもの時に習えば、ネイティブの発音ができます。20歳になってから英語を習えばうまく話すことはできても、正確な発音で話すことは難しいです。それで、英語は子どもの時から習うのが一番いいのです。欲求を抑える力も、子どもの時から習わなければなりません。 大きくなって習おうとしたら、より多くの努力が必要になり、たやすいことではありません。


 私は子どもの欲求をわざと聞いてあげずに、子の欲求を抑える訓練をしてきました。今回はだめだと決めたら、いくら駄々をこねても聞いてあげませんでした。息子が中学の時、お金が必要だと言いました。
「お父さん、テコンドーの昇段審査があるんだけど、それ受けるには5万ウォン必要だって。」

「審査を受けるのに、5万ウォンも必要なのか?」
「ここの道場でやるんじゃなくて、国技院でやる審査だからだよ。」
「5万ウォン出して受ければ、間違いなく初段とれるのか?」
「うん。自信あるよ。うちの道場で1次審査を通過した人だけが行くんだ。だから、間違いなく合格するよ。」

「じゃぁ、もう初段をとったも同然だ。国技院の賞状は貰えないけどな。そうなら、もうテコンドーやめさない。」
初段を取りたいからここでやめるのは悔しいですが、息子は仕方なくテコンドーをやめました。息子はアメリカで高校、大学に通いながら、私にときどきこんなことを言いました。


 「お父さん、僕をこのように育ててくれてありがとう。うちのクラスの仲間が、自己コントロールができなくていろんな問題を起こしているのを見るととても残念だよ。お父さんが小さい時から我慢することを教えてくれなかったら、僕も同じだったと思うよ。自分のやりたいようにやっていたと思う。」

初めは、クラスの子たちが週末にスキーに行ってきたという話を聞いて、とてもうらやましかったそうです。うちの子は日曜日には送り迎えのために教会のワゴン車を運転するため、1日中忙しくてスキーに行くことはできませんでした。

友達は普通土曜にスキーに行き日曜の午後に戻るのですが、月曜まで遊んで火曜に学校に来たかと思うと、次第に火曜日まで遊んで水曜に学校に来るようになったそうです。アメリカの学校では、そのようなことで生徒たちに一切干渉しません。教師が「勉強しなさい。」と生徒に言うことは命令なので、生徒の人格をはく奪することになるからだそうです。 その代わり「勉強をするのはいいことだ。」と言うそうです。

このように心の欲求をコントロールする訓練を受けたことがない人の中には、麻薬に手を出して卒業できない人もいます。息子はそんな友達の姿を見ながら、私に感謝したのです。自分の欲求を全部聞かずに心の訓練をしてくれたので、自分が脱線せずに大学生活を送れたと。

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欲望を抑える話で有名なマシュマロ実験というものがあります。

マシュマロ実験(マシュマロじっけん)、またはマシュマロ・テストとは、子ども時代の自制心と、将来の社会的成果の関連性を調査した著名な実験。スタンフォード大学の心理学者・ウォルター・ミシェル(英語版)が1960年代後半から1970年代前半にかけて実施した。

マシュマロ実験という名前ではあるが、報酬はマシュマロの代わりにクッキーやプレッツェルが使われることも多くあった。

詳細はーー>こちらからWikipediaのサイト

 

 

≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-7へ続く 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー5

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー5


国際青少年連合IYF のマインド教育著書

著者 パク・オクス顧問

「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー5

 

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欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか? 

経済の成長も必要ですが、もっと重要なのは、自分をコントロールすることができるマインドを持つことです。
  


経済発展より重要なことは
自分を抑えるマインドだ


韓国のパク・チョンヒ大統領が1972年に維新憲法を作って打ち出したスローガンが「輸出100億ドル、国民所得1000ドル」でした。当時の誰もが、一人当たりの国民所得が1000ドルになるとは信じませんでした。現在、韓国の一人当たり国民所得は2万ドルを超えているのですから、その当時と比較したら20倍以上豊かな暮らしをしているのです。

所得が高いウルサン市は4万ドル、コジェ島も3万ドルだと言います。でも、みんな幸せだと思って暮らしているでしょうか?不満がたくさんあります。自殺する人も増えています。経済の発展に伴い目に入るものが増え、欲求が急スピードで上昇したためです。

昔、私の母は、洗濯機、電気炊飯器、冷蔵庫、ガス台がなくても生活していました。頭に水がめを乗せて井戸に行って水を汲んで使い、火をおこしてご飯を炊き、手で洗濯をし、焼きゴテで服のしわを伸ばしました。そのように生活しながらも余裕があったので、子どもたちといっしょに過ごし、話をする時間もありました。

今、妻は私の母とは比較にならないほど便利な家電製品に囲まれて生活しているのに、いつも忙しそうです。私たち夫婦が子どもたちを育てた時代と、今、息子夫婦が子どもを育てている時代も、また違います。私たちは貧しかったのでとても節約して子どもを育てたのですが、息子夫婦を見るとそうではありません。しかし、嫁は妻よりもっと忙しそうです。

経済の発展で生活が豊かになれば、欲求はそれよりもっと速く大きくなります。所得が1万ドルから2万ドルになれば、欲求は3~4万ドルのレベルに上がります。経済は急速に成長することが難しいですが、欲求は1日で上がることができます。人が2万ドル時代に生きながら、

欲求は1万ドルに留まっていれば、服を買ってもうれしく、車を買ってもうれしく、食事をしてもうれしく、何をしても幸せです。ところが、2万ドル時代に生きながら欲求は4万ドルなら、自分のお金を稼ぐ能力が自分の欲求に及ばないため、そのすべての欲求を満たすことができません。

ですから、車を買っても不満が残り、服を買っても、食事をしても、何をしても不満だらけです。経済の成長も必要ですが、もっと重要なのは、自分をコントロールすることができるマインドを持つことです。

 
≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-6へ続く 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー4

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー4


国際青少年連合IYF のマインド教育著書

「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー4

 

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「お父さんがお金ないっていうから、その時は我慢してたけど、今はお金があるでしょ?お金があるのに、なんで貧乏なふりをしなきゃならないわけ?ナイキの運動靴買ってよ。」

 

欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか?  


人の欲はきりがありませんが、能力の伸びには限界があるため、自分の欲が能力を越えると、問題が起こります。慢性的な欲求不満は、人生で過ちを犯す原因となり、周りの人を不幸にします。ですから、子どもの時から我慢をする訓練が必要です。
  


生活が大変だった時は我慢したけど  
今はお金あるでしょう?


私の知り合いのある人は、軍人としての仕事を辞めた後、住む所が見つからず、友達の工場の空き部屋を借りて、その一間で家族と一緒に数年生活をしました。ところが、その友達に事情ができ、その部屋さえも出なければならなくなりました。行き場がありませんでした。やっとの思いで部屋を一つ見つけ、海辺にある野積み場で警備員の仕事をして生計を立てていましたが、一か月の給料は100万ウォンで、そのお金で家族が生活し3人の子を育てるのはギリギリでした。

ある日、息子が父親に運動靴を買ってほしいといいました。
「お父さん、新しい運動靴買って。」
「そうか。今月はもうお金を全部使ってしまったから、次の給料日までちょっと我慢してくれないか。」
「でも、底に穴があいて、水が入ってくるよ。」
「給料もらったら必ず運動靴買ってやるから、もう少し我慢してくれ。悪いな。」

息子も家庭の状況を知っているので、それ以上駄々をこねたりはしません。給料日になりました。父は息子を連れて靴屋に行きました。高いブランドものは1足10万ウォンもしますが、そういうものは買えないので、2万5千ウォンの普通の運動靴を買ってあげました。

息子が父の靴を見ると、かかとの部分がかなりすり減っていました。
「お父さんも靴買った方がいいみたいだよ。」
「父さんは、現場に行って長靴に履きかえるから、この靴で問題ないよ。」
「でも、こんなにすり減って、穴があきそうだよ。」
「今度買えばいい。今月はお前のを買ったから、父さん気分がいいな。」

息子は父の気持ちに感謝しました。父と子の心がより近くなりました。
「お前は、勉強をしっかりやって、将来立派な人になりなさい。父さんみたいに生きないでお金もたくさん稼ぎなさい。」
「わかったよ。でも、僕はお父さんが好きだよ。」

時が経ち、ある日父親は街に用事があって出かけ、偶然、以前軍人として働いていたときの上司に会いました。
「おい、久しぶりじゃないか。元気でやってるか。」
「はい、おかげさまで。キム隊長もお変わりありませんか?」
「いやぁ、本当に久しぶりだ。元気そうでよかった。どこかへ行く途中なのか?」

「街に用事があって来ました。」
「それじゃ、お茶でも一杯飲まないか。」
二人はお茶を飲みながら話をしました。
「最近、どんな仕事をしてるんだ?」
「いろいろあたってみたのですが、なかなか良い仕事がなくて、今は野積み場で警備の仕事をしています。」

「警備?君は軍にいた時は、頭もきれて優秀だったじゃないか。」
「いいえ、そんなことありません。」
「あ、ちょっと待てよ。そういえばうちの会社の資材担当の課長が、1か月後に辞めることになっているんだが、うちの会社に来ないか?」
「私にそういう仕事ができるかどうか…。」

「いや、大丈夫だ。俺は長い間、君の仕事ぶりを見てきたからよくわかっている。仕事を覚える2,3か月間は、250万ウォンずつしかやれないが、その後は350万ウォンやるよ。多くはないが、不便なく生活はできる額だろう? 私の名刺を渡しておこう。一緒に働けるといいな。」

夜、家に帰って妻にこのことを話しました。妻は本当に喜びました。数日後、来月から出勤するようにと連絡がありました。初出勤の日、借りたお金で買った新しい靴をはき、スーツを着て出かけました。
「社長、私は一生貧しい暮らしから抜け出せないと思っていたのですが、私のようなものをこのようにご配慮いただき、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」
「顔を上げたまえ。私は君をよく知っている。君はしっかりしているから大丈夫だ。」
「はい、社長にご迷惑をかけないよう、精一杯やらせていただきます。」

野積み場で警備の仕事をしていた時は、1日中ボーっと座っているか本を読んで時間を過ごしましたが、資材課長を任されたので仕事も楽しく忙しくて、1か月がすぐに過ぎました。最初の給料を受け取った日、急に金持ちになった気分でした。

久しぶりにサバの煮付けも食卓に上り、高くて買えなかったスイカも1玉買ってきて家族みんなで食べながら、幸せな時間を過ごしました。数か月後、父の給料が350万ウォンにアップして、経済的にとても余裕ができ、家族はみんな大喜びでした。

ところが、問題が生じ始めました。大変だった時には何も欲しがらなかった子どもたちが、父親の給料が増えるにつれ、欲しいものも増え始めたのです。ある日、子が父にこう言いました。
「お父さん、運動靴 買って。」
「運動靴? この前、買ったばかりじゃないか。」
「うちのクラスで、俺みたいな運動靴をはいている奴は誰もいないよ。みんなナイキとかプーマとかの運動靴はいてる。」
「お父さんがお金ないっていうから、その時は我慢してたけど、今はお金があるでしょ?お金があるのに、なんで貧乏なふりをしなきゃならないわけ?ナイキの運動靴買ってよ。学校に行くときだけそれはいて、普段はこの運動靴はくから。」

お金ができたので子どもの欲もどんどんふくらんでいきました。経済的に苦しかった時には、安くても運動靴を買ってくれたことに感謝していて、高い運動靴をはきたい気持ちを抑えることができましたが、今は状況が変わったのです。

「俺も、友達の誕生パーティーに、プレゼント持って行きたいよ。」
「俺も、友達といっしょにハンバーガー買って食べて遊びたいよ。」
父親はびっくりしました。いくらお金を稼いでも子どもの欲求についていけないからです。父自身も必要なものが増えました。以前は古びた靴をはいても何の問題もありませんでしたが、今は取引先の人に会わなくてはならないので、新しい靴をはき、スーツもちゃんと着なければなりません。妻も買い物に行った時、買うものが変わりました。間違いなく前とは比較にならないくらい給料をたくさんもらっているのですが、足りませんでした。稼ぐお金より欲求が大きくなって、追いつかないのでした。

 もう、以前のように父と子の間に温かい会話が行き来することはなくなりました。息子は自分の頼みを全部聞いてくれない父に対して不満をつのらせ、父とけんかをすることも多くなりました。父親は子を思う気持ちから、だめだとわかりながらもお金を渡し、息子はますますお金を使う楽しみを知り、毎日のようにお金をくれと親にせがむようになりました。親子の関係が徐々にぎくしゃくしていきました。

 

≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-5へ続く 

 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2 章ー3

国際青少年連合IYF のマインド教育著書

「私を引いて行くあなたは誰か」2 章ー3

著者 パク・オクス顧問

 

欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか?  


人の欲はきりがありませんが、能力の伸びには限界があるため、自分の欲が
能力を越えると、問題が起こります。慢性的な欲求不満は、人生で過ちを犯
す原因となり、周りの人を不幸にします。ですから、子どもの時から我慢を
する訓練が必要です。
  


豊かになるほど
お互いに心を交わす時間がない 

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 最近の子は親とほとんど会話をしません。心の流れがあまりにも違うからです。父が子の姿を見れば「勉強もしないで将来一体何をするつもりなんだ?」と心配します。

 

昔の父の時代の生き方を基準にした時、ひどく怠けた生活をする子を見てそれが理解できないので、いつも小言になってしまいます。子はそうでなくても不満だらけなのに、父の小言まで加わると我慢できなくなり、父を憎み、父に対してはむかうようになります。 

 

このようなことが起きる理由は、親と子の間で心が断絶して流れないからです。自分の主張だけ言い張って、自分の欲だけを求めて生きれば、親と子の心は当然遠くなります。


 どの国でも経済が成長すると、国民の欲も同じように増えていきます。以前はなかったものも当たり前に使うようになり、生活がどんどん多様になります。

 

それで、裕福な暮らしをする人ほど、心の余裕がなくなり複雑になります。父と子が、兄と弟が、心を交わしいっしょに話をする時間がなくなります。今日は少し時間があったとしても、各自することがあってそれぞれに行動するので、話をする時間的余裕がありません。

 

 キム・チョルミンさんの家のように、経済的には大変であっても、父の苦労を子が知り、子が仕事の手伝いをしながら互いに思いやる心を持つ、そんな幸せな人たちは多くはありません。ひとつ屋根の下に住む家族でも、心が通じないなら本当の家族と言えるでしょうか。


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昔のことを言うと歳を取った証拠かもしれませんが、現代は携帯電話やスマホに時間を取られすぎかもしれません。


電車に乗っていても、もう半分以上の人はスマホなどを見ています。電車の中や外を見ているのは、外国から観光にきた外国人か、お年寄りくらいです。


確かにスマホがあれば、電車の乗り継ぎなどで早く正確に目的地に行けるから、スマホはとても便利なのですが、家にいるときは家族と話す時間を作る努力をしないといけないですね。


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≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-4へ続く 

 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー2

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー2

父がリヤカーを押しているところを友達に見られたりしたら恥ずかしいかもしれませんが、疲れた体を引きずって家族のために働きに行く父の姿に心を打たれ、学校が終わるとすぐ父の仕事を手伝うために走って行きました。心が通う父と子は幸せでした。

 

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国際青少年連合IYF のマインド教育

著者 パク・オクス顧問

 

 

欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか? 


人の欲はきりがありませんが、能力の伸びには限界があるため、自分の欲が能力を越えると、問題が起こります。慢性的な欲求不満は、人生で過ちを犯す原因となり、周りの人を不幸にします。ですから、子どもの時から我慢をする訓練が必要です。
  


ソウルのある町の
日雇い清掃員と息子  

 

 心の姿勢を低くして生きれば、幸せで感謝があふれる人生になります。たとえば、私が客観的には100位の人間なのに、自分では200か300位だと思っていれば、他の人たちに軽く見られて無視されていると感じます。

 

その場合は、他の人たちの態度がいつも気に食わないでしょう。反対に、私が100の人間だった時、自分では30か40位の者だと思っていれば、自分によくしてくれる周りの人たちの気持ちが、いつも申し訳なくてありがたいでしょう。


 一度心の姿勢を低くすれば、水が上から下に流れるように、周りの人たちの心が私に流れてくるので、常に感謝にあふれます。しかし、反対に心が高慢なら、自分に対する評価に不満を抱き、結局、周りの人たちもその人を徐々に遠ざけるようになります。

 

知り合いだったら毎日会うわけでもないので平気ですが、仮に一緒に住んでいる家族がそうならば、毎日喧嘩になります。夫の心が高ければ妻が不幸になり、妻の心が高ければ夫が不幸になります。そして子どもたちも不幸な人生を送ることになります。

私の心が高慢だと周りにいるすべての人を不幸にするので、高い心ではいけません。しかし、人間の心の本性そのものが,すぐに高慢になってしまう性質をもっています。


 今は暖房にガスや灯油などを利用しますが、昔は練炭を使って冬をしのぎました。それで、1軒で1日に少なくとも2,3個、多ければ10個以上の使い古しの練炭がゴミとして出されました。練炭が家々の玄関先に積まれると、朝早く清掃員たちが大きなリヤカーにそれを積んで片づける仕事をしました。傾斜が激しい町では、清掃員がとても大変な思いをしました。雪でも降った日には、すべって怪我をすることもよくありました。

 

 坂の多いソウルのある町に、キム・チョルミンという清掃員がいました。とても貧しい生活をしながら、1部屋に夫婦と子供3人で住んでいました。練炭をすべて片づけて家に戻れば、あまりにも疲れているために、寝ながらうめくこともよくありました。ある日、夜通しうめきながら寝ていた父親が、朝早く仕事に行くために着替えているのを、小学6年の上の子が見ました。隣で母親が心配そうに言いました。

 

「あなた、そんな体で働きに行って、もっとひどくなったら大変だわ。1日休めば少し疲れもとれるわよ。今日は1日休めないの?」
「そういうわけにはいかない。一日休めば、俺の受け持っている地域の家の前に、練炭がそのまま1日中残っていることになるだろう?それを偶然役場の人間が見たら、俺は正社員なわけでもないし、真面目に働いていないと言って首になるかもしれないじゃないか。そしたら、うちの家族はどうやって食って生きていけるんだ?」

 

もちろん本人も体がつらいので休みたかったのですが、父親は服を着て、軍手をはめて外に出ました。父親のそんな姿が子どもの目にとても哀れに見えました。息子は父親が家族のためにどんなに大変な思いをして働いているのか、よくわかっていました。だから、他の子たちとは考え方が違いました。ノートも鉛筆も大切に使い、学校でお金がかかることがあると、親に知らせずにいつも断っていました。

 

その日は、学校に行っても父のことが気になりました。授業が終わって友達に「俺の家でいっしょに遊ばない?」と誘われても、行く気にはなれませんでした。家にランドセルを置きに帰り、すぐに父が働いている区域に走って行きました。父はリヤカーに練炭をいっぱい積んで坂を上がっているところでした。重くてまっすぐ引いていくことができずに、道をジグザグに上っていました。

 

 息子は走って行ってリヤカーを力いっぱい押しました。父は急にリヤカーが軽くなったのを感じ、『誰が押しているんだ?』と振り返りましたが、リヤカーいっぱいの練炭のために人は見えませんでした。上まであがって、平らなところにリヤカーを止めて後ろを見ると息子でした。とてもありがたく思いました。父はリヤカーを道の隅に止めておいて、お店に行って大きなメロンパンを2つ買ってきて、二人で座って食べました。

 

「うまいか?」
「うん、おいしい。お父さん、朝、ちゃんと食べて行かなかったでしょう。半分あげるよ。 僕はさっき学校でお昼食べて来たから、お腹いっぱいだよ。」
「お父さんもお腹いっぱいだから、遠慮しないで食べなさい。」
「お父さん。このパン、久しぶりに食べたけどおいしいね。」

 

 父は子を思いやり、子は父を思いやり…。貧しい暮らしでしたが、父と子の心には温かいものが通い合っていました。父が清掃員だということをクラスの子に知られたり、父がリヤカーを押しているところを友達に見られたりしたら恥ずかしいかもしれませんが、疲れた体を引きずって家族のために働きに行く父の姿に心を打たれ、学校が終わるとすぐ父の仕事を手伝うために走って行きました。心が通う父と子は幸せでした。

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心が流れることはとても大切なことです。私たちはそれが当たり前のように思いますが、心が流れるように親はいろんなことを考えて子どもと接します。


心が流れるように強制するものでもけっしてありませんね。
親子であればなおさらのこと、ふだんの生活の中で、会話して一緒に食事して、お風呂でも背中を流しあったり、外でスポーツしたり、そのようなことを通して心を開いてお互いの心が通い合うことを経験します。


しかし、最近は一緒に何かをすることが少なくなってきていると思います。夫婦の間でもあまり会話を交わすことが少なくなってきていると思います。


家で携帯電話やスマホをいじっている時間が多くなっているように思います。家族でも会話は必要最低限の用事だけを話して、あとは別々にスマホやタブレットと共に過ごすのではないでしょうか。


家族が何でも話しあえる時間。とても貴重な時間です。
毎日、家族が心の表現ができる時間を持つように心がけたいものです。

 

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≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-3へ続く 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー1

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー1

  

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国際青少年連合IYF のマインド教育

著者 パク・オクス顧問

 

「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー1   

 

欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか?  


人の欲はきりがありませんが、能力の伸びには限界があるため、自分の欲が能力を越えると、問題が起こります。慢性的な欲求不満は、人生で過ちを犯す原因となり、周りの人を不幸にします。ですから、子どもの時から我慢をする訓練が必要です。
  
生まれて初めて
ジャージャー麺を食べたハンセン病患者    


 かなり以前のことですが、チュンムにあるハンセン病患者村で集会をしたことがあります。その頃は自家用車がない時代で、テグからバスに乗ってマサンに行き、バスを乗り換えてチュンムに行きました。集会が始まる日、テグからバスに乗ったのですが、私の横にちょっと様子の変わった3人がいました。よく見ると、ハンセン病の人たちでした。私の方から話しかけました。

「こんにちは。どちらまで行かれますか?」
「あ、はい。今、集会に行く所です。」
「どこの教会の集会ですか?」
「チュンムのエジョ教会です。」

その3人は、私が講師として招待された集会に行くために、朝早くアンドンから出発してテグで私と同じバスに乗ったのでした。
「その集会の講師は誰ですか?」
「パク・オクス牧師だそうです。」
「パク・オクス牧師に会ったことがありますか?」
「いいえ。まだ…」
「冗談を。」
「いや、本当に会ったことはないです。」
「うそをついているようですが。」
「いえいえ、本当に会ったことはないですよ。」
その時、私がパク・オクスだと名乗ると、彼らはとても驚いていました。


ちょうどお昼時にマサンに着いたので、「いっしょに食事をしましょう。」と誘いました。このような時、一番手軽なのが中華料理屋で、私はお店の中に入ったのですが3人は入口の外でとまどっていました。ハンセン病患者だとわかったら追い出されるのではないかと心配だったからです。私はそれに気付いて、大声で呼びました。

「早く中に入って座ってください。そこで何してるんですか。」
3人はためらいながらも中に入り、席に着きました。
「すみません、注文お願いします。ジャージャー麺を大盛りで4つ!」
注文をとりに来た若い店員が、何か変だという目つきでこちらを見ましたが、何も言わずにジャージャー麺を4つ持って来ました。

「お兄さん、たくわんと玉ねぎ、もうちょっと持って来て。」
その日、ジャージャー麺をおいしく食べました。再びバスに乗りチュンムへ向かうのに、その人たちがとても幸せそうでした。
「パク先生、本当にありがとうございます。先生のおかげで生まれて初めてジャージャー麺を食べました。」

ハンセン病患者は食堂に入れないのですが、私のお陰で入れたというのです。「この話を妻にしたら、たぶん眠れないと思います。今日は私の人生で、一番忘れられない思い出になりそうです。」と言いました。

その当時、私はハンセン病患者の人と会って聖書の御言葉を伝え、話もしましたが、その人たちはその病気のためにたいへんつらい思いをしていました。彼らの中には誠実な人もいれば、勉強ができて頭のいい人もいましたが、社会から隔離されたまま生きなければなりませんでした。

用事があって街に出る時は、自分の姿を人に見られまいと用心します。そのためにハンセン病の人たちはジャージャー麺一皿にも感激するのです。

「先生、私たちは銭湯に一度も行ったことがありません、そこはどんな所ですか?」その3人が食事の後、うれしくなってあれこれ聞いてきました。彼らは何でも不思議がり、ささいなことにも恐縮します。心の姿勢が低く謙遜なためです。

      

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ハンセン病患者への差別と隔離政策は人類史上稀にみる過酷さと言えます。日本でもハンセン病患者は家族にさえ見放され、隔離された施設ではお金を持つことができず、特別に作った施設だけで通用する紙幣を持たされていました。


そして、もっとも過酷なことは自由がなく、財産権もなく、子どもを持つことができなかったことでしょう。男性は去勢されて、万が一女性が妊娠したことがわかったら、堕胎されてしまいます。

 

基本的人権がなかったこの政策は、人類が犯した大きな過ちの一つと言えましょう。


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≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-2へ続く 

 

国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9

国際青少年連合IYF のマインド教育著書

「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9

 

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国際青少年連合IYF のマインド教育

著者 パク・オクス顧問

 

「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9    

 

心 川のように心にも流れる道がある  


  
心の世界は
6段階を通過しながら変化する     


 文学者たちは、短い文章の中にこのように奥の深い人生が凝縮された文学的な文章は、世界中どこにもないと言います。
  話の構成にみごとな補色対比があるからです。花が美しいからといって赤だけを使えばおもしろくありませんね。赤くてきれいな花を鮮やかに表現するために反対色である黄緑の葉を描くように、金持ちの家の放蕩息子の話には、補色対比がとてもよく表れているのです。

息子が豚小屋で豚といっしょに寝ながらお腹を空かせて、豚のえさでも食べようとする場面は限りなく暗い場面で、父の家に帰って最上の服を着て、手に指輪をはめ、足に靴を履き、肥えた子牛の料理を食べる場面は、限りなく明るい場面です。

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 この放蕩息子の話は、実話ではなくたとえ話ですが、人間の心がどのように流れて行くのか、その初めと終わりを正確に描いています。
人は誰でもこの弟のように、まず自分を高く評価します。誰でも他人より優れた部分が一つや二つあり、自分の過ちはすぐ忘れても、ほめられたことはいつまでも覚えています。

お金をちょっと稼いだとか、他の人ができないことを成し遂げたとかすると、一人で感じる満足感があります。それを思い出すたびに優越感を感じ、気分がよくなります。そんな思いが一度二度と重なっていくと、『私は他の人とは違う』という思いが固まっていきます。

                    
 私にもそんな覚えがあります。小学生の時、私は勉強ができる方ではありませんでした。しかし小学3年の時、クラス70人のうち成績が3位になったことが1度だけありました。そのようなことは初めてだったので、父にその成績表を見せるととても喜んで私を祖父のところへ連れて行きました。

「おじいさん、今回のテストでうちのオクスがクラスで3等でした」と言うと、祖父は喜んで「よくやった、よくやった」とほめてくれました。小学3年の時ですから、今から60年も前の話ですが、今でもその時の光景をはっきり覚えています。

その時から私は勉強が得意だと思いはじめました。そして、運動会の時、8人が競争して1位になったことが1度あったのですが、そのことをきっかけに私は徒競争が得意だと思うようになりました。

自分は得意だと思うと心が高慢になります。父の財産を使い果たしてしまった弟も、自分はうまくやれるという思いがあったので、心が高慢でした。心が高慢になると怠けるようになり、わがままな生活をするようになります。弟は父がくれた財産を遠い国で無駄に使ってしまいました。

心が謙遜なら遊女の方に心が向かないのですが、自分を信じる思いがあるとだらけてしまい、わがままな暮らしをするようになるのです。誰でも傲慢になれば放蕩な暮らしになります。そして、そう生きると必ず失敗をします。
人はなぜ失敗をいやがるのでしょうか。

失敗したら苦しくつらいからです。放蕩息子も何もかも失い、食事もろくにとれず安らかに寝ることもできず、きれいな服も着ることができませんでした。その次には後悔が始まる段階が来ます。


人の心はこれと同じように流れて行きます。雨が降り山のてっぺんに水が落ちると、どんどん低い方に流れて行き、小川となり、川となり、海に入って行くように、人の心も流れる道があります。人生に失敗するのは理由があるのです。


 自信感にあふれる人は、心が高慢になり、高慢になると人の話を聞かなくなります。自分の考えに従って酒や女におぼれ、そうしているうちに会社の倒産や家庭崩壊となり、人生に失敗します。その後、苦痛がやってきます。

そういう人を見たことがありますか?家を奪われ、車も奪われ、以前はお金を湯水のように使っていましたが、今では食べ物を買うお金もないので、売り物にならず捨てた野菜をスーパーに行ってもらってきて食べ、子どもたちの文房具も買えない…。そのような苦痛に耐えなければなりません。生活が苦しくなると後悔します。


 金持ちの家の弟が、お金を使い果たした後お腹がとても空いて、後悔しました。『このままでは飢え死にしてしまう。父の家に行けば召使たちもお腹いっぱい食べて働いているのに、俺はここで死ぬのか。父の家に帰ろう!』

父の家に行けば人生が幸せになります。人生はみなこのように流れて行きます。そのため、成功も大切ですが、失敗をしてみることも必要です。後悔をする時も必要です。自分を信じる思いが強い人は必ず失敗します。だれでも自分が間違うこともあるということを知り、自分の足りなさを認め、それを知ることができなくてはなりません。


 放蕩息子の話は、私たちの心の世界を6段階に正確に描いています。第1段階は自分を信じる段階で、第2段階は怠惰と放蕩の段階です。その次の第3段階は失敗する段階です。失敗を味わい苦痛がやってくる段階が4番目の段階で、つらいために後悔する段階が5番目です。

自分を信じることがどんなに愚かだったかを悟り後悔するとき、最後の第6段階、幸せになります。人はみなこの段階を通過します。ですから、その人の心を見れば、今どの段階にあるのかが見えてきます。

 人生経験の浅い人はふつう第1段階に留まっています。自分を信じているのでいつも自分が正しいと思い、自分がすることはみなうまくいくと思って他人の忠告などを嫌います。反対にギャンブルや麻薬、ゲーム中毒などにはまったとしても、心の世界を明確に知れば、そこから抜け出せます。そのため、人はみな心の世界について学ぶ必要があるのです。

 

≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-1へ続く