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国際青少年連合IYF のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9

国際青少年連合IYF のマインド教育著書

「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9

 

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国際青少年連合IYF のマインド教育

著者 パク・オクス顧問

 

「私を引いて行くあなたは誰か」1章ー9    

 

心 川のように心にも流れる道がある  


  
心の世界は
6段階を通過しながら変化する     


 文学者たちは、短い文章の中にこのように奥の深い人生が凝縮された文学的な文章は、世界中どこにもないと言います。
  話の構成にみごとな補色対比があるからです。花が美しいからといって赤だけを使えばおもしろくありませんね。赤くてきれいな花を鮮やかに表現するために反対色である黄緑の葉を描くように、金持ちの家の放蕩息子の話には、補色対比がとてもよく表れているのです。

息子が豚小屋で豚といっしょに寝ながらお腹を空かせて、豚のえさでも食べようとする場面は限りなく暗い場面で、父の家に帰って最上の服を着て、手に指輪をはめ、足に靴を履き、肥えた子牛の料理を食べる場面は、限りなく明るい場面です。

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 この放蕩息子の話は、実話ではなくたとえ話ですが、人間の心がどのように流れて行くのか、その初めと終わりを正確に描いています。
人は誰でもこの弟のように、まず自分を高く評価します。誰でも他人より優れた部分が一つや二つあり、自分の過ちはすぐ忘れても、ほめられたことはいつまでも覚えています。

お金をちょっと稼いだとか、他の人ができないことを成し遂げたとかすると、一人で感じる満足感があります。それを思い出すたびに優越感を感じ、気分がよくなります。そんな思いが一度二度と重なっていくと、『私は他の人とは違う』という思いが固まっていきます。

                    
 私にもそんな覚えがあります。小学生の時、私は勉強ができる方ではありませんでした。しかし小学3年の時、クラス70人のうち成績が3位になったことが1度だけありました。そのようなことは初めてだったので、父にその成績表を見せるととても喜んで私を祖父のところへ連れて行きました。

「おじいさん、今回のテストでうちのオクスがクラスで3等でした」と言うと、祖父は喜んで「よくやった、よくやった」とほめてくれました。小学3年の時ですから、今から60年も前の話ですが、今でもその時の光景をはっきり覚えています。

その時から私は勉強が得意だと思いはじめました。そして、運動会の時、8人が競争して1位になったことが1度あったのですが、そのことをきっかけに私は徒競争が得意だと思うようになりました。

自分は得意だと思うと心が高慢になります。父の財産を使い果たしてしまった弟も、自分はうまくやれるという思いがあったので、心が高慢でした。心が高慢になると怠けるようになり、わがままな生活をするようになります。弟は父がくれた財産を遠い国で無駄に使ってしまいました。

心が謙遜なら遊女の方に心が向かないのですが、自分を信じる思いがあるとだらけてしまい、わがままな暮らしをするようになるのです。誰でも傲慢になれば放蕩な暮らしになります。そして、そう生きると必ず失敗をします。
人はなぜ失敗をいやがるのでしょうか。

失敗したら苦しくつらいからです。放蕩息子も何もかも失い、食事もろくにとれず安らかに寝ることもできず、きれいな服も着ることができませんでした。その次には後悔が始まる段階が来ます。


人の心はこれと同じように流れて行きます。雨が降り山のてっぺんに水が落ちると、どんどん低い方に流れて行き、小川となり、川となり、海に入って行くように、人の心も流れる道があります。人生に失敗するのは理由があるのです。


 自信感にあふれる人は、心が高慢になり、高慢になると人の話を聞かなくなります。自分の考えに従って酒や女におぼれ、そうしているうちに会社の倒産や家庭崩壊となり、人生に失敗します。その後、苦痛がやってきます。

そういう人を見たことがありますか?家を奪われ、車も奪われ、以前はお金を湯水のように使っていましたが、今では食べ物を買うお金もないので、売り物にならず捨てた野菜をスーパーに行ってもらってきて食べ、子どもたちの文房具も買えない…。そのような苦痛に耐えなければなりません。生活が苦しくなると後悔します。


 金持ちの家の弟が、お金を使い果たした後お腹がとても空いて、後悔しました。『このままでは飢え死にしてしまう。父の家に行けば召使たちもお腹いっぱい食べて働いているのに、俺はここで死ぬのか。父の家に帰ろう!』

父の家に行けば人生が幸せになります。人生はみなこのように流れて行きます。そのため、成功も大切ですが、失敗をしてみることも必要です。後悔をする時も必要です。自分を信じる思いが強い人は必ず失敗します。だれでも自分が間違うこともあるということを知り、自分の足りなさを認め、それを知ることができなくてはなりません。


 放蕩息子の話は、私たちの心の世界を6段階に正確に描いています。第1段階は自分を信じる段階で、第2段階は怠惰と放蕩の段階です。その次の第3段階は失敗する段階です。失敗を味わい苦痛がやってくる段階が4番目の段階で、つらいために後悔する段階が5番目です。

自分を信じることがどんなに愚かだったかを悟り後悔するとき、最後の第6段階、幸せになります。人はみなこの段階を通過します。ですから、その人の心を見れば、今どの段階にあるのかが見えてきます。

 人生経験の浅い人はふつう第1段階に留まっています。自分を信じているのでいつも自分が正しいと思い、自分がすることはみなうまくいくと思って他人の忠告などを嫌います。反対にギャンブルや麻薬、ゲーム中毒などにはまったとしても、心の世界を明確に知れば、そこから抜け出せます。そのため、人はみな心の世界について学ぶ必要があるのです。

 

≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-1へ続く