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国際青少年連合のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー2

国際青少年連合のマインド教育著書 「私を引いて行くあなたは誰か」2章ー2

父がリヤカーを押しているところを友達に見られたりしたら恥ずかしいかもしれませんが、疲れた体を引きずって家族のために働きに行く父の姿に心を打たれ、学校が終わるとすぐ父の仕事を手伝うために走って行きました。心が通う父と子は幸せでした。

 

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 国際青少年連合のマインド教育

著者 パク・オクス顧問

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欲 子どもの時から我慢する訓練をしてきたか? 


人の欲はきりがありませんが、能力の伸びには限界があるため、自分の欲が能力を越えると、問題が起こります。慢性的な欲求不満は、人生で過ちを犯す原因となり、周りの人を不幸にします。ですから、子どもの時から我慢をする訓練が必要です。
  


ソウルのある町の
日雇い清掃員と息子  

 

 心の姿勢を低くして生きれば、幸せで感謝があふれる人生になります。たとえば、私が客観的には100位の人間なのに、自分では200か300位だと思っていれば、他の人たちに軽く見られて無視されていると感じます。

 

その場合は、他の人たちの態度がいつも気に食わないでしょう。反対に、私が100の人間だった時、自分では30か40位の者だと思っていれば、自分によくしてくれる周りの人たちの気持ちが、いつも申し訳なくてありがたいでしょう。


 一度心の姿勢を低くすれば、水が上から下に流れるように、周りの人たちの心が私に流れてくるので、常に感謝にあふれます。しかし、反対に心が高慢なら、自分に対する評価に不満を抱き、結局、周りの人たちもその人を徐々に遠ざけるようになります。

 

知り合いだったら毎日会うわけでもないので平気ですが、仮に一緒に住んでいる家族がそうならば、毎日喧嘩になります。夫の心が高ければ妻が不幸になり、妻の心が高ければ夫が不幸になります。そして子どもたちも不幸な人生を送ることになります。

私の心が高慢だと周りにいるすべての人を不幸にするので、高い心ではいけません。しかし、人間の心の本性そのものが,すぐに高慢になってしまう性質をもっています。


 今は暖房にガスや灯油などを利用しますが、昔は練炭を使って冬をしのぎました。それで、1軒で1日に少なくとも2,3個、多ければ10個以上の使い古しの練炭がゴミとして出されました。練炭が家々の玄関先に積まれると、朝早く清掃員たちが大きなリヤカーにそれを積んで片づける仕事をしました。傾斜が激しい町では、清掃員がとても大変な思いをしました。雪でも降った日には、すべって怪我をすることもよくありました。

 

 坂の多いソウルのある町に、キム・チョルミンという清掃員がいました。とても貧しい生活をしながら、1部屋に夫婦と子供3人で住んでいました。練炭をすべて片づけて家に戻れば、あまりにも疲れているために、寝ながらうめくこともよくありました。ある日、夜通しうめきながら寝ていた父親が、朝早く仕事に行くために着替えているのを、小学6年の上の子が見ました。隣で母親が心配そうに言いました。

 

「あなた、そんな体で働きに行って、もっとひどくなったら大変だわ。1日休めば少し疲れもとれるわよ。今日は1日休めないの?」
「そういうわけにはいかない。一日休めば、俺の受け持っている地域の家の前に、練炭がそのまま1日中残っていることになるだろう?それを偶然役場の人間が見たら、俺は正社員なわけでもないし、真面目に働いていないと言って首になるかもしれないじゃないか。そしたら、うちの家族はどうやって食って生きていけるんだ?」

 

もちろん本人も体がつらいので休みたかったのですが、父親は服を着て、軍手をはめて外に出ました。父親のそんな姿が子どもの目にとても哀れに見えました。息子は父親が家族のためにどんなに大変な思いをして働いているのか、よくわかっていました。だから、他の子たちとは考え方が違いました。ノートも鉛筆も大切に使い、学校でお金がかかることがあると、親に知らせずにいつも断っていました。

 

その日は、学校に行っても父のことが気になりました。授業が終わって友達に「俺の家でいっしょに遊ばない?」と誘われても、行く気にはなれませんでした。家にランドセルを置きに帰り、すぐに父が働いている区域に走って行きました。父はリヤカーに練炭をいっぱい積んで坂を上がっているところでした。重くてまっすぐ引いていくことができずに、道をジグザグに上っていました。

 

 息子は走って行ってリヤカーを力いっぱい押しました。父は急にリヤカーが軽くなったのを感じ、『誰が押しているんだ?』と振り返りましたが、リヤカーいっぱいの練炭のために人は見えませんでした。上まであがって、平らなところにリヤカーを止めて後ろを見ると息子でした。とてもありがたく思いました。父はリヤカーを道の隅に止めておいて、お店に行って大きなメロンパンを2つ買ってきて、二人で座って食べました。

 

「うまいか?」
「うん、おいしい。お父さん、朝、ちゃんと食べて行かなかったでしょう。半分あげるよ。 僕はさっき学校でお昼食べて来たから、お腹いっぱいだよ。」
「お父さんもお腹いっぱいだから、遠慮しないで食べなさい。」
「お父さん。このパン、久しぶりに食べたけどおいしいね。」

 

 父は子を思いやり、子は父を思いやり…。貧しい暮らしでしたが、父と子の心には温かいものが通い合っていました。父が清掃員だということをクラスの子に知られたり、父がリヤカーを押しているところを友達に見られたりしたら恥ずかしいかもしれませんが、疲れた体を引きずって家族のために働きに行く父の姿に心を打たれ、学校が終わるとすぐ父の仕事を手伝うために走って行きました。心が通う父と子は幸せでした。

 

国際青少年連合のマインド教育を受けた家族はみんな幸せになります。

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心が流れることはとても大切なことです。私たちはそれが当たり前のように思いますが、心が流れるように親はいろんなことを考えて子どもと接します。


心が流れるように強制するものでもけっしてありませんね。
親子であればなおさらのこと、ふだんの生活の中で、会話して一緒に食事して、お風呂でも背中を流しあったり、外でスポーツしたり、そのようなことを通して心を開いてお互いの心が通い合うことを経験します。


しかし、最近は一緒に何かをすることが少なくなってきていると思います。夫婦の間でもあまり会話を交わすことが少なくなってきていると思います。


家で携帯電話やスマホをいじっている時間が多くなっているように思います。家族でも会話は必要最低限の用事だけを話して、あとは別々にスマホやタブレットと共に過ごすのではないでしょうか。


家族が何でも話しあえる時間。とても貴重な時間です。
毎日、家族が心の表現ができる時間を持つように心がけたいものです。

 

国際青少年連合のマインド教育は大学の専門教科に取り組まれました。 

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≫「私を引いて行くあなたは誰か」2章-3へ続く